2026年1月15日木曜日
明日は何の日 小野田寛郎 2026/01/15 23:09
したら明日は何の日
01月16日
2014年平成26年
小野田寛郎 忌日
小野田寛郎
1922年大正11年
03月19日
和歌山県海草郡
亀川村
現:海南市生まれ
旧制海南中学校
時代は剣道選手で
活躍する
卒業後貿易会社
に就職して中華民国
漢口支店の勤務して
中国語を習得す
徴兵検査のため帰国
陸軍二等兵として
入隊する
甲種幹部候補生に
志願し合格した
陸軍予備士官学校
入校する
そして陸軍中野学校
にて特殊任務を
たたき込まれる
1944年昭和19年
フィリピン防衛線を
担当赴任する
師団長からの命を
受けて玉砕は
まかり成らぬ
3年でも5年でも
頑張れ・・・
派ならず迎えいく
それまで兵隊一人
でも頑張れとの
命を受けた・・
ルバング島の飛行場
破壊を試みるも
果たせず
アメリカ軍の来襲を
受けて総指揮官の
命令で組織的戦争
終結、各部隊は
個別行動を取る
小野田は島の山間部
へと避難する
その後も一人で戦う
戦争は終わってると
情報も知ってはいたが
敵の攪乱作戦かとの
疑惑も残ったため
その後に訪れた人にも
信用しなかったが
上官の命令があれば
任務を解くとの事を
得てその訪れた人に
話すと 元上官が
ルバング島へ渡り
小野田に任務解除
を伝えた・・
多少の事実誤認など
あると思いますが
一応ウィキペディアを
参考として御確認
下さい
作戦中手作りの
小さなハサミを作って
居たのには驚きました
その様な彼も2014年
平成26年
01月16日
肺炎のため死去する
91歳であった
今度は戦争の無い
世の中に生まれて
来て下さいね
陸軍情報将校[元]
ルバング島で戦後
30年間潜伏
合掌
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